あくまでも観客席から

サッカーとアイドルにかじりついた記録を残したい人のブログ。

「オレンジのバス」の、どんな色を見に行こう?

2020.04.10.Sat.
SKE48 アリーナコンサート in 日本ガイシホール 私の兆し、皆の兆し ~あかねまちゅりだ!~」

ゼスト公式リリース

2021.04.11.Sun.
松井珠理奈卒業コンサート 卒業だよ!全員集合!~Let’s Sing!~」
松井珠理奈卒業コンサート@日本ガイシホール ~珠理奈卒業で何かが起こる!?~」

ゼスト公式リリース

 

 高柳明音松井珠理奈という2020年時点でおそらく最も「SKE48」のイメージを背負っていたであろう2人の卒業コンサートを観てきた。3年ぶりの日本ガイシホールでのSKE48のコンサート。僕にとってはSKEのコンサートはやっぱりガイシホールだなと、帰ってきたと思える場所。ただ、笠寺駅ホーム~ホールまでの導線は拡げてほしいと毎回言いたくなる(笑)。

 

高柳さんのコンサートは、なるべく彼女が各期のメンバーと一緒にパフォーマンスをしながら彼女やチームKIIのヒストリーを追いかけていく祭りだった。KIIのメンバーと、そしてオタクといつもいっしょに盛り上げてきたちゅりさんらしいコンサート。たとえば7D2のメンバーとやった『ピーク』は座席的にも目の前で観られて楽しかった。彼女の歌ってきた楽曲の振り返りと、その曲に乗せた後輩へのメッセージが同居する。終了後のアーカイブ映像の実況YouTubeでもその想いはひしひしと伝わってくる。後輩推しにとってもエモいってやつになるわけだ。

 

現役メンバーへ託していくという意味では2日目の珠理奈さんのコンサートの昼・夜公演でも同じなのだけれども、「松井珠理奈」の視点はやはり違う。SKEになじみが深いわけではない『プラスティックの唇』や『君は僕だ』を期待する後輩メンバーに歌ってもらったり、DJ&ダンスパートでは火薬の演出とともに大きなビジョンを使ってダンスが得意なメンバーにスポットライトを当てていった。久しぶりに2011年~2014年くらいのAKB名義のグループ合同コンサートを観たような気分が同居する。「AKBとしてのSKE」という48グループのいびつさを背負い続けた彼女の背中を重く感じた。

 

……と、セットリストや細かい見どころについては、PLANETSさんのニコ生や自分のツイキャスでも追ってはみたのでここでは割愛(ツイキャスのグダグダは失礼しました…)。

 

僕が印象的だったのは、やっぱり1期生登場のパートになる。

 

しばらく集合している姿を観ていなかったチームSのレジェンドたち。特に、珠理奈さん・桑原みずきさん・中西優香さんの3人で演った『Glory days』は鳥肌が立った。ゾクゾクした。

 

「これがSKE48だ。忘れていたかもしれない」

 

とまで思いかけた。このパフォーマンスの後のMCでも話していたけれど、レッスンやリハーサルでバチバチ意見をぶつけ合いながらステージの完成度を高めていく。技術論という以上に精神論の領域ではある。8年も前に卒業したメンバーと、6年も前に卒業したメンバーとのユニットに「初代チームSのイズム」を体現したパフォーマンスを見せられると、仮にも現役メンバーをその後何年も観てきたオタク的には不思議な気分にはなる。だって、今のステージには"それ"はないのだもの。

 

ただし、「初代チームSのイズム」だけがSKEらしいものだ、と思うわけでもない。ただ、最初の軸としてあのパフォーマンススタイルがあったから、後輩のチームKIIのスタイルができてきたし、パフォーマンスよりも握手会やSNSで勝負するメンバーもでてきた。

 

もともとの1期生の「AKBを追いつけ追い越せ」に始まったダイナミックなパフォーマンスの「イズム」が強く打ち出されていたからこそ、グループ内でもカウンターが複数ラインで生まれていたし、オタク内議論も活発になって盛り上がることができていたんだと思う。

 

こうして歴史の積み重ねの中で拡張していった結果、SKEは昔に比べると比較的窮屈さはなくなってきた。これはこれでとても楽しい。カウンターパンチというものはエンジンをすり減らすものなので、かわいい子を、好きな子を存分に推していける今の環境はストレスは少ない。

 

それでも、思ってしまったのですよね。「パフォーマンスへの熱意をすり合わせて突き詰める」という、『Glory days』に感じたあの緊張感。僕はそれが観たい種類の人間だったんだなと。それぞれのメンバー、それぞれの楽曲披露で個々のメンバーの努力が足りないとは思わなかったのは、上述の放送でも語った通り。

 

ステージを去ったあとに珠理奈さんは『オレンジのバス』に「軌跡のバス」で「みんなみんな」で、「自由に色をつけていい」の歌詞を残していった。「"AKB"としてのSKE」、そして「初代チームS」のイズムを最後に見せた珠理奈さん。「チームS的でないもの」の拡張をコンサートでも体現してくれた高柳さん。どう考えてもSKE48のコミュニティと歴史を語る上でこの2人がSKE48の軸を作り上げてくれた2人が去ったコンサート。SKEが拡張されていく中での軸の存在がなくなるわけだ。

 

残ったメンバーがいるグループに、僕は今後、何を求めて全体コンサートに向かうのだろう。新しい「イズム」を運営やメンバーが作り、それを求めに観にいくのだろうか。そんなこともなく、僕が意識しきれてないだけで、すでに「イズム」は形を変えて根付いているのだろうか。はたまた、「イズム」なんてめんどくさいこと考えなくていいから、好きなメンバーからレスをもらいにいくだけなのだろうか。劇場より大きい箱だとそれも難しいけれども。

 

ブリージア席でありがたくメンバーを近くで拝んで手を振り合った楽しい気持ちを思い返しながら、こんなことをぐるぐる考えていた帰路の「居酒屋のぞみ」だった。